この国の労働者環境は、先進国の中でも群を抜いて劣悪である。
で、この原因は何かということについては、一貫して
「すべての原因は社畜である」
と言い続けてきた。
社畜の何がいけないのかはさておき、何故に社畜思想に染まるのか、をあれこれ考えていたが、「これだ」と思い当たるものがようやく見つかった。
下を見て(想像して)生きていく思考である。
「ヤツよりはまだマシ」
「誰かさんよりは幸せ」
というやつだ。
脱社畜ブログにさえ、
「まっさらな頭で一日の生活を振り返ってみると、思いのほか感動や幸福を感じられることが多いはずだ。(中略) 減点法ではなく、加点法で生活することで、何気ない日常もそれなりに楽しいものになりうる」
なんて書かれている。
もっともここには注意書きとして「些細な幸せを感じることで、辛いことを我慢しろとか耐えろという話ではない」と書かれているのだが、この肝心な部分がすっぽ抜けてしまうんである。
なので、
「日頃から厳しくしている分、たまにある『アメ』の部分で、社員は自分が認められていると思い込む。その心理につけ込むというわけ。これで社員は私の言うことを聞く」という。なんていう、360度どこから見ても真っ黒な会社で働き続ける社畜が増産されることになる。
下をみて、自分はそれよりマシだ、なんてことに幸せを感じて今の待遇を変えなければ、ブラック企業の思うツボである。
2012年10月31日水曜日
2012年10月23日火曜日
「地道な努力」なんぞくそくらえ!!
「 1ヶ月間だけ、思い切りがんばれば。」という記事を読んだ。
ツッコミどころ満載なのだが、大きいところだけいくつか走り書き。
人生で使える時間は限られているのだよ?
毎日「積み重ねる努力」というものは「如何に近道を探すか」ということに振り向けられるべきなのだ。
徹夜しなきゃ終わりそうにない仕事があっても、いきなりそれに正面切って取りかかるんじゃなくて、段取りを綿密に考えて正味何時間必要なのか割り出すのだ。 そうすると、あとどれだけの時間、余分に使えるかが把握できる。そして余った時間をすべて「どうやったら効率化できるか?」を思考するために注ぎ込むのだ。
「余計なことを考えてる暇があったら手を動かせ」とか言う脳みそ筋にくんな体育会系大馬鹿野郎なんぞくそくらえ。
確かに人の振る舞いを変えることは出来ない。出来るのは自分をコントロールすることだけだ。
しかし、自分をコントロールすることと、原因を自分に求めることとは全く別の話である。
気持ちよく過ごせない原因が周りにあること、これをまず正確に把握する。
そして、この原因とうまく付き合うために、自分がどのように振る舞いを変えるべきなのか、を考えることが大事なのである。
原因を自分に求めることはネガティブな思考の第一歩である。だからまず、
「私は悪くない。原因は○○にある!」と言い切って良い。そして、大事なことは状況を好転させる要素を外に求めない。
「この状況を打破するために、私が変わるのだ。私が進化することによって状況を変えるのだ!!」
ツッコミどころ満載なのだが、大きいところだけいくつか走り書き。
- 現状を変える一発逆転があると思うかもしれないけど、どうやら近道はないみたいです。
- 毎日少しずつ、少しずつ努力を積み重ねるしかない。まったく人生ってやつは。まったく。
- 毎日努力している人にはどんな天才も絶対に及ばない。断言していいです。
人生で使える時間は限られているのだよ?
毎日「積み重ねる努力」というものは「如何に近道を探すか」ということに振り向けられるべきなのだ。
徹夜しなきゃ終わりそうにない仕事があっても、いきなりそれに正面切って取りかかるんじゃなくて、段取りを綿密に考えて正味何時間必要なのか割り出すのだ。 そうすると、あとどれだけの時間、余分に使えるかが把握できる。そして余った時間をすべて「どうやったら効率化できるか?」を思考するために注ぎ込むのだ。
「余計なことを考えてる暇があったら手を動かせ」とか言う脳みそ筋にくんな体育会系大馬鹿野郎なんぞくそくらえ。
- 気持ちよく過ごせないのは周りじゃなくて自分が原因です。
確かに人の振る舞いを変えることは出来ない。出来るのは自分をコントロールすることだけだ。
しかし、自分をコントロールすることと、原因を自分に求めることとは全く別の話である。
気持ちよく過ごせない原因が周りにあること、これをまず正確に把握する。
そして、この原因とうまく付き合うために、自分がどのように振る舞いを変えるべきなのか、を考えることが大事なのである。
原因を自分に求めることはネガティブな思考の第一歩である。だからまず、
「私は悪くない。原因は○○にある!」と言い切って良い。そして、大事なことは状況を好転させる要素を外に求めない。
「この状況を打破するために、私が変わるのだ。私が進化することによって状況を変えるのだ!!」
2012年10月11日木曜日
日本のサラリーマンに休日の自由なんぞない
発端はこの記事から。
記事の趣旨は、
1. 日本の労働時間の短縮は進んだ
2. しかし、休日のほとんどはお上の定めた祝日だ
3. だから、お上の祝日に縛られずに、個人が自由にドーンと休もう
4. そして、労働も量から質へ変えていこう
ということらしい。
阿呆じゃなかろうか、と思って経歴を見れば見事にバブルまっさかりの「のうたりん」世代である。むべなるかな。
まず 1. から。 本当に短縮したと思っとるのか、馬鹿めが。サビ残に移行して見かけの労働時間が減っとるだけなんやけど?
そして 2. と 3. 。 有給休暇もお上の定めたお休みなんですがねぇ。違いは固定日かそうでないかだけなのだよ。つまりはお上に固定してもらわにゃダメってことだ。
じゃあ 結論は逆になるはずだろ? お上がドーンと長期休暇を決めちゃえば良いのだ。社員に20営業日連続のバカンスを取得させなきゃ、取得率が1%下がる毎に法人税1%上げる。偽装がバレたら1件毎に10%の上乗せ、くらいの罰則規定付きでな。
最後に、労働を量から質へ変えたきゃ簡単だ。無償サービスの提供をやめりゃ良いのだ。
Togetterまとめページに、
というコメントがあったが、まさに然り。
こういう基本を理解できない阿呆ですら大学で教鞭を取れる故に、文系の学問なんぞくだらない、と言われてもしようがないことを文系に身を置く庶子はまず理解すべきである。
記事の趣旨は、
1. 日本の労働時間の短縮は進んだ
2. しかし、休日のほとんどはお上の定めた祝日だ
3. だから、お上の祝日に縛られずに、個人が自由にドーンと休もう
4. そして、労働も量から質へ変えていこう
ということらしい。
阿呆じゃなかろうか、と思って経歴を見れば見事にバブルまっさかりの「のうたりん」世代である。むべなるかな。
まず 1. から。 本当に短縮したと思っとるのか、馬鹿めが。サビ残に移行して見かけの労働時間が減っとるだけなんやけど?
そして 2. と 3. 。 有給休暇もお上の定めたお休みなんですがねぇ。違いは固定日かそうでないかだけなのだよ。つまりはお上に固定してもらわにゃダメってことだ。
じゃあ 結論は逆になるはずだろ? お上がドーンと長期休暇を決めちゃえば良いのだ。社員に20営業日連続のバカンスを取得させなきゃ、取得率が1%下がる毎に法人税1%上げる。偽装がバレたら1件毎に10%の上乗せ、くらいの罰則規定付きでな。
最後に、労働を量から質へ変えたきゃ簡単だ。無償サービスの提供をやめりゃ良いのだ。
Togetterまとめページに、
"生産性の意味を履き違えている人らがこんなにもいるのか。サービスの質を高めるためにリソースを投入するほど、生産性は下がるんだよ。"
WATERMAN1996というコメントがあったが、まさに然り。
こういう基本を理解できない阿呆ですら大学で教鞭を取れる故に、文系の学問なんぞくだらない、と言われてもしようがないことを文系に身を置く庶子はまず理解すべきである。
2012年10月5日金曜日
尊しと思う日本人のそれは和ではない。同調圧力である
世の中 HowTo本があふれているが、そのほとんどが管理職向けといっても過言ではない。
リーダーとはどうあるべきか、良い上司とは、云々。
以前、ザ・インタビューズで「そんなものはまとめてゴミ箱に捨ててしまえ」
と書いた。
で、代わりに薦めたのが「スイミー」である。
仲間をみんな食べられてもくじけない克己心。
異世界を物怖じせず、あらゆることを吸収する好奇心。
みんなで大きな魚のフリをする、という新しい発想。
そして最後に言うひとこと「僕が目になろう」
なんというリーダーシップ!!
非のうちどころがないではないか。
だがもうひとつ重要なことがある。
一緒に大きな魚のフリをしたその他大勢の魚たちである。
彼らはスイミーに唯々諾々と従ったのか?
そんなことはないことくらい容易に想像がつく。
だからスイミーは何日も何日も考えたのである。
どうやって仲間を説得するか、と。
で、彼らは最終的にはスイミーのアイディア通り、みんなでがんばって練習するのだが、彼らは嫌々そうしたと思う?
もちろん、そんなことは本文にゃ書かれていないが、間違っても「和を持って尊しとなす、だからしゃあないな」などと考えながら加わったやつはいない。全員がそう考えた、のではなく、スイミーの考えに賛同したヤツだけが加わったのだと思う。
でなきゃ、一匹の大きな魚の如く一糸乱れぬ動きなんぞできぬ。
世にはびこる同調圧力ではなく、それこそが本当の「和」なのではないかと考えるのだ。
リーダーとはどうあるべきか、良い上司とは、云々。
以前、ザ・インタビューズで「そんなものはまとめてゴミ箱に捨ててしまえ」
と書いた。
で、代わりに薦めたのが「スイミー」である。
仲間をみんな食べられてもくじけない克己心。
異世界を物怖じせず、あらゆることを吸収する好奇心。
みんなで大きな魚のフリをする、という新しい発想。
そして最後に言うひとこと「僕が目になろう」
なんというリーダーシップ!!
非のうちどころがないではないか。
だがもうひとつ重要なことがある。
一緒に大きな魚のフリをしたその他大勢の魚たちである。
彼らはスイミーに唯々諾々と従ったのか?
そんなことはないことくらい容易に想像がつく。
だからスイミーは何日も何日も考えたのである。
どうやって仲間を説得するか、と。
で、彼らは最終的にはスイミーのアイディア通り、みんなでがんばって練習するのだが、彼らは嫌々そうしたと思う?
もちろん、そんなことは本文にゃ書かれていないが、間違っても「和を持って尊しとなす、だからしゃあないな」などと考えながら加わったやつはいない。全員がそう考えた、のではなく、スイミーの考えに賛同したヤツだけが加わったのだと思う。
でなきゃ、一匹の大きな魚の如く一糸乱れぬ動きなんぞできぬ。
世にはびこる同調圧力ではなく、それこそが本当の「和」なのではないかと考えるのだ。
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