2013年4月18日木曜日

地下鉄の24時間運行について反対から賛成にまわった理由

最初はねぇ、twitterなどで見られる反応と同じ事を考えたのだよね
都営地下鉄を24時間運行 3大都市圏に特区検討
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS1505J_V10C13A4MM8000/
 つまりだ。
「終電になりますので、お先に」が使えなくなるじゃねぇか!!
 って奴だ。

が、しかし、冷静になって考えてみよう。
アンタの雇用契約では、就業時間の終わりは終電なのか?
そも、そこを異常視しないことの方に、我ながらゾッとしたね。

この変な「常識」というか、異様な思い込みさえなければ、24時間運行の結果、
 - サービスは良くなる。
 - 鉄道会社の雇用も増える
 - 24時間サービスが普及して、消費、雇用も増え、景気上昇に寄与する
などなど、いろいろな波及効果が生まれることは、もう色んな所で論じられてる通り。

だがしかし、現実として
「終電という区切りがなきゃ帰れない」
というブラックな状況はどうするんだよ・・・というところも考えなきゃいけない。

考えた対案は「定期券のタイムカード化」である。
自動改札を通った時間を記録して、出勤記録と照合する。で、出勤記録と合う&残業手当の支払いが確認されたものだけ、通勤手当控除として税金を会社に還付する。
逆に辻褄が合わないものには重い罰金を課すのだ。
「会社帰りに買い物したり飲みに行ったりしたときはどうするの?」については、上述の辻褄が合わない場合の例外として、社員がそのように申告している場合だけ認め、社員への通勤手当から差っ引けば良いのだ。
もちろん虚偽申告がバレれば罰金・罰則が待っているのは言うまでもない。
そうすりゃ社員にしてみれば、サービス残業なんてした日には、通勤費は削られる、例外申告したがゆえに労災の適用からも外される、などなどデメリットのオンパレードだ。

まぁ、現実的にはいろいろな場合をもっと想定しなきゃならんだろうけど、コンセプト自体は悪く無いと思うんだけどな・・・

2013年4月16日火曜日

新人の心得に託けて、偉そうに嘘を教える社畜の記事

でたでた。
毎年恒例のこの手の記事(笑)

新人だからこそ出社・退社時の行動で差をつける

こういうのを頭から信じてそのとおり行動していると、あなたも立派な社畜になれます。
  • "始業時間は業務を開始する時間であって、出社時間ではない"
  • "遅くとも10分前には出社し、始業時間にすぐ仕事に取りかかれるよう準備する"
  • "共有する機器の電源を入れたり、空気を入れ替えたりして、環境を整える"

    100%ウソです。
    労基法をちゃんと読みましょう。会社に拘束されている時間はすべて労働時間です。着替えやらPCのセットアップなんかも全部"業務"です。
    強いて言うなら、"営業(開始)時間は出社時間ではない" ですね。

  • "始業時間ギリギリに来ると、仕事の準備や段取りも悪いのではと思われてしまう"

    つまり、印象だけで実績は見ない、と公言して憚らないわけですな。そんな奴にどう思われようがどうでもよろしい。
    ギリギリに来ようが何しようが準備や段取りができていればそれで良いはず。そんな余計なことに気を回さないといけないから、労働生産性が落ちるんです。

  • "退社するタイミングは、終業時刻の5分後が目安"
  • "後片付けは終業時刻が過ぎてから行う"

    これも100%ウソです。労基署はいいかげんこういう労基法違反を推奨するような記事は取り締まるべき。

  • "上司や先輩が忙しそうなら、手伝いを申し出る心づかいを示す"

    定時に終われなくて新人に振れる仕事があるなら、新人に聞かれる前に上司や先輩が振れ。
    なんで定時にならないとそれがわからんような「準備や段取りが悪い」仕事をするかね?
    アンタの会社はそういう段取りの悪い無能な奴しかおらんのかい? そりゃ失敬。

  • "用事で定時に帰る場合は、上司に連絡しておく"

    「定時に帰る」「時間内に上げるために効率よく仕事を進める・終わらせる」という感覚の無さ故のセリフですね。「段取りができている」はずの上司や先輩がなんで定時に帰れないんでしょうね(笑)
    ちなみに定時に帰るのに断りを入れなきゃならんのは、この国だけです。
    他の国では、定時に帰れないときに、残業の許可を「わざわざ」上司にもらうのです。
もうひとつ言うと「上司が帰らないと帰れない」なんてのは愚の骨頂です。
それって、上司の方が部下より仕事量が少ないってことでしょう。部下よりたくさん給料を貰っておいて 、部下より仕事が少ないの? ちっとも能力主義じゃありませんねぇ。

解雇規制云々言う前に、まずはこのあたりの慣行から直さなきゃダメだと思うのですがね・・・

2013年4月8日月曜日

目的があるから手段すら楽しい

「目的があっての手段だ」なんて考え、つまらなくないですか?

勘違いしてるなぁ。
僕はiPhoneが出た時に異常に欲しかった。別に電話したいわけでもメールしたいわけじゃなくて、猛烈に欲しかった。ジョブズは「顧客が欲しいのは携帯 電話じゃない、電話を使って何をするかだ」なんて言わなかったと思うんですよね。素晴らしいプロダクトを作りたいと常々いっていた。そしてiPhoneは 素晴らしいプロダクトだった。だから欲しかったんですよ。
えーっと・・・この場合、目的は「電話で何かをする」ではなくて「素晴らしいプロダクトであるところのiPhoneを手に入れる」なんですけど?
世の中に出したいアイディアがあって手段としての起業、ってめちゃくちゃ言い古されている意見なんですが全然違うと思っています。起業が目的の人で、世界を変えるような人なんてたくさんいます。起業したい!なんかデカイことしたい!という若者の夢によって変わったケースなんていっぱいあるでしょ。
 だから、この場合の目的は「起業したい!なんかデカイことしたい!」であって、「アイディアを世に出したい」ではないのですよ。

「目的があっての手段」ってのは前提として「アイディアを世に出したい」から「起業する」というストーリがまず最初に来るわけです。で、このストーリーがどこかで狂って目標が「起業」になって、最初に描いていた「世に出したいアイディア」ってのがどこかに行ってしまった状態を指して、手段と目的が入れ替わっている、と指摘されるに至るわけですな。

だから
バンドマンだってそうで、「自分の音楽を通じてこういうことを伝えたい」なんて人はそんなに多くないと思うんですよ。バンドかっけえ!やりてぇ!と思って始めていると思うんですよね。「バンドをやることが目的になっては本末転倒ではないか。自分が何をしたいかを考えて、その手段としての音楽でありバンドを やるというのが普通だ」とは言わないでしょ。
の場合、まず「バンドかっけえ!やりてぇ!」 ってのがあるなら「バンドをやる」ってのが目的であって「自分の音楽を通じてこういうことを伝えたい」なんて最初からどこにも出てきとらんのです。で、手段は例えば「メンバーを集める」とか「楽器代を稼ぐ」になるわけですな。まぁ、これで楽器代を稼ぐために始めたバイトが面白くなって、楽器代の何倍ものお金はすでに手元にあるのに・・・なんてことになったなら話は別ですが。

てなわけで、勝手に人の手段と目的を書き換えちゃいけませんねぇ、と言いたかっただけ。

何のために学校教育を受けるのか

教育の崩壊だの何だの騒がれて久しい。
学校教育と学歴によって将来が保証されない世界になったがゆえに。

したらば、教育を受けることに意味は無いのか?
わからないことがあればGoogle先生が答えてくれるし、ネットで起業するのに学歴はいらぬ。教育を受けていなくても知性は磨けるし生きていくに不足はない。

現況をみているとそれは真実のように映るかもしれない。がしかし、それは短絡すぎるモノの見方というものだ。
「知性」というものは、その背景や歴史、他の事象との関連も含めてそれを理解しているか、ということであり、単に何かを知っているということではない。

例えば、ここに一本の傘がある。
これは何で何をするものかを知りたければ、デジカメで写真を撮ってクグれば一発、雨を凌ぐ道具であることを知れるし、世界中にどんな傘があるのかも、傘の歴史も全部わかる。
がしかし、なんでそういう検索結果があがってくるのよさ?というところを考えるべきなのだ。
Google先生の検索アルゴリズムは、それが全てではないけれど、リンクの数に寄っている。
では、なんで人がリンクを張るのかというと、それは知識として関連深いことを知っているからである。
じゃあ、関連が深い・浅いはどこで知るの?実生活?
んなわきゃない。
学校教育である。
直接的に教わるわけではない。教育を授ける教育体系として、そういうやり方が一番効率が良いのだ。
例えば、物理で加速度を習う頃には、少なくとも数学で微積分をかじっているはずだ。その概念を知らねば公式が理解できぬからである。 科目毎に別々に習うように見えて、実は全てが絡んでいる。これは学校教育でなければ体得できない。
「学校で習ったことは社会に出てもなんの役にも立たない」という人はこのことを知らぬ。
 故に、学校で受けた教育に含まれていたことでも「知らない」「習ってない」と平気でのたまう。世の中の大半がこういう人たちで占められると、Google先生の検索アルゴリズムは崩壊するのだが・・・

学校教育を受けずに「成功者」に名を連ねる人が増えるにつれて「だから学校教育は意味が無い」 とのたまう人たちも増えた。確かに成功者は学校教育を受けていないのかもしれない。では、その周りにいる協力者やパートナー、親兄弟も皆同じ環境かい? 
本人に学校教育による知識体系がなくとも、それを提供してくれる人が周りにいるから事足りているのである。
全員が学校教育を受けていない組織があるなら、ぜひそれを例示してほしいものだ。