2013年12月27日金曜日

やっぱり音楽業界の人はわかっていない

近年、CDの売上が落ちていて、違法ダウンロードの刑事罰化やらなんやら色々賑わった。
んで、最近よく見かける論調に、若者のCD離れみたいなのがある。
まぁ、趣味と流行なんていつでも一致するわけではないから仕方ないことだとしても、その離れる原因を作り出している当事者に自覚がない、というか、離れる原因の分析がマトモじゃないんじゃあ、しょうがないよなと思う次第だ。

離れていく理由は何か、そりゃ利便性と価格でしょ?

CDの利便性ってなぁに?(何だった?)と聞かれると、
  • 売上トップ10のアーティストのベスト盤買っておけば、カラオケで歌う曲をだいたい網羅できる
  • CDデッキを使って、簡単にCDからカセットテープにダビングできる。好きな曲を集めてオリジナルのカセットテープも作れちゃう
  • カセットテープよりかさばらないから車の中でも便利。CDチェンジャーを使えば長時間のドライブでも手間いらず
くらいなもんでしょ。
これ、今の生活スタイルにどれだけ合ってるのさよさ。

まず、カラオケ行きます? 行って歌う曲どう選曲します?
バブルの頃は、カラオケいくといつも待ち時間xx分、だったでしょ。今はガラガラ。いつでも空いてます。だって、カラオケ「しか」選択肢がなかった時代じゃないですもん、今は。
んで、歌う曲だって今は千差万別。自分の好きな曲がみんなとかぶるなんてAKBとB'z除けばニッチになる。じゃなきゃヒトカラが流行る理由がわからん。
みんな好きな曲だけを好きなように聞いてるんよ。
CDアルバム出して「これ聞いとけ」ったって、誰も聞きゃしない。

で、次。
もともと音楽が好きな人は、それでも音楽を買って聴くさ。だけどiPodが世に出て、音楽を連れ出すのにどれを持っていくか悩む必要がなくなった時「選曲」「編集」という概念がなくなった。ならば、なぜ故CDという媒体にこだわる必要があるね?デジタルデータそのまま購入すりゃいいじゃん、と、誰もが思うわな。
ところが音楽業界はこれに全く逆行した。CCCDなんてアホな規格作ったり、DRM作りに必死になって、音楽が合ってもなくても良い層がCD販売からデータ販売に移行するのを阻止した。
ダウンロードが悪だと決めつけ、自分たちが未来を潰した罪をダウンロードになすりつけた。
仮に今、ここにiTsやAmazonのようにワンクリックで買えて、好きなように使えるシステムが5年前にあったら、音楽の未来は全く違ったものになっていたと思う。
そういうシステムがないからYouTubeからダウンロードするんだよ。みんな。

まあ、タダだからYouTubeなんて話もあるけど、そうかな? じゃあなんで、iTsやAmazonやみたいに無料で全部聴けちゃうところがあるのに、そこにお金を落とす人がいるのよさ。
bandcampなんて無料のアルバムがゴロゴロ転がっているよ。それでも有料のものが売れていっている。YouTubeがダメって人はそこの理由説明してくんないかなぁ(笑)
あとね、単価が高いんよ。何回も聞ける、好きなときに聞ける、(DRMはちょっとおいといて)好きな媒体で好きなように利用できる、ってメリットが有るにせよ、今の価格はボッタクリすぎるんよ、消費者目線からは。CD1枚マスタリングする費用だとか、プロモーションにどれだけ費用がかかるとか、そんなのどーでもよろしい。
例えば、ディズニーランドの1dayパスポートは¥6,200円。CDアルバム2枚分。これホントに等価? CDを2枚買ったら、ディズニーランドで1日遊んだだけの体験と同じ価値がある?
そりゃ、具体的に今欲しいアーティストの作品があれば別かもしれない。がしかし、「どちらか一方選んでね」と該当でアンケートして、ディズニーに勝てると思う?

そんな高価格を維持しておきながら「コピーはダメです」ウンタラカンタラ・・・アンタラ真面目に商材売る気ありますか?
そんなに消費者の利便性を阻害したいなら、その分値段下げなさいな。
例えば、再生できるハードを増やすごとに、その分追加料金を払ってもいい。そのかわりあらゆるハードをカバーするくらいに追加料金払って、初めて今の1曲100円くらいの値段になるくらい単価が下がるなら。
そやねぇ・・・iPodで買ったら5円だけどiPodでしか聞けない。Macにコピーしたり車載器にコピーしたらそれぞれ5円追加みたいにね。

お金がいるなら聴かない、なんて層は無料じゃなくなったら聴かないんだから、購買層としてカウントすること自体に無理があるんだよ。
そうじゃなくて、無料だから聴いている層を有料でも聴きたい層に転ばせるのが業界の仕事でしょうに・・・
そういう観点からいくと、このブログの中の
音楽雑誌を絶対読まなそうな人たちまでイメージを飛ばしながら「どうしたら興味のない人が1000円を1回出そうと思ってくれるか」 
ってのは、正鵠を射ていると思うんだな。

2013年12月22日日曜日

誰に評価されたい? 上司? 会社? それとも市場?

こちらの記事のインスパイアになります。
この人の、こういう威勢の良い記事を読んでその気になって、これまで一体どれだけの人が不幸になったのでしょう・・・

この記事には2つの誤まりがあります。
ひとつは労働生産性。
個人の労働生産性を語る時、それは単位時間あたりにこなせる「仕事量」を意味することがほとんどです。がしかし、統計で労働生産性を語る時、それは単位時間/仕事あたりの「収入」です。
同じ仕事をするのに、これまで1時間かかっていたところを30分にして倍こなしても、売上が変わらなければ労働生産性は半分になります。製造部門は商品を同じ時間で倍、生産できるようになれば生産性も倍になりますわな。しかし、営業がお得意先回りを一日10件から20件にしたら、売上は倍になりますかね?

もうひとつは市場の評価。
個人が市場に評価される時の指標ってなんですかね? 資格? 業績?
そういうのも大事ですわな、そりゃもちろん。
で、転職する時、そういうものを説明して採用が決まって、で給与の話になって・・・さて、給与のベースはなんですか?大概の人は前職の給与額じゃね?
これまで500万しかもらってなかった人が、いきなり2000万にならんでしょう。完全に実績ベースのプロスポーツ選手でもなきゃ。
となると、今の会社でキチンと評価してもらって、能力に見合った給与をもらうか、無駄なことはしないか、が最適解になりますわな。自分の将来のために生産性を上げる、というならなおのこと、自分の生産性と会社の業績が直結するかどうか、その見極めが大事です。
で、会社の業績への貢献って、上司や組織の評価と直結してませんかね?

ま、なにはともあれ、はじまりはじまり。

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2ヶ月ほど前、「日本では、製造部門を除き、生産性という概念があまりに欠如してるよね」っていうエントリを読んだ時、同時に「生産性なんて上げても給与が上がるわけじゃないから意味がない」みたいな反応がたくさんあって「そりゃそうだろ」と安心しました。
そもそも製造部門とサービス部門では給与システムも評価基準も生産性の尺度も違いますよね。だから製造部門以外はみんな必死で売上を上げようとしてるじゃん。
それなのになぜ、製造部門以外のが「評価があがらないなら生産性なんて上げたくありません」みたいな話になるのが理解できないんでしょ。理解できないなんてわざとでしょ?
非製造部門の人は、売上や評価が上がらないことは一切やりたくないのはあたりまえでしょう。

加えて、「生産性を上げても上司に評価されるわけではないから」みたいな反応にびっくりされて、マージびっくり。そんなことが理解できない人がいるなんて、カルチャーショックでごじゃります。
あたしだって、生産性の概念も理解しないあほな上司が自分を真っ当に評価できるなんて全く思わないな。そこを無視してどんどん自分の給与を下げていきたくない。

「自分だけ生産性を上げたりしたら、自分だけ仕事が増えるからイヤだ」って人もいるんだけど、それの何が理解できない?
仕事での生産性(時間あたりの業務量)を上げたとして、会社の業績には貢献せず、仕事が増えたのに給与が据え置きもしくは下がるなら、日本の労働者の生産性(時間あたりの売上単価)を押し下げるだけじゃん。

「そんなこと考えてたら、損だ」って?

いったい、あなたにとっての「得」って何??

あたしなら単純な生産性なんか気にせず、どんどん自分の給与を上げていきたい。そうしたら市場の評価(前職あるいは現職の給与水準)が高くなるもん。
あたしが高めたいのは、アホな上司の評価でも、ひとつの組織内での評価でもありません。市場における自分の評価(現在の給与額)です。

「生産性を上げて、仕事が早く終わったらもっと仕事する。あたしは、仕事が早いほうが市場に評価されるからトク」っていう人、本当にそんなに個人の生産性が大事? 
あたしには「その生産性が市場に評価されるかどうか」が、よっぽど大事なんだけど、あなたにとっては、「そんなことよりあたしの生産性!」なの? ほんとに? 
「家族のためにも生産性が大事なんだ」って? 本気? 家族のためにこそ、市場で通用する指標を上げることを目指すべきでは??

これから働く人はよーく覚えておきなよね。上司が評価してくれるかどうかを、非常に重要視する必要があります。(その上司が、あなたの尊敬できる人なら余計に。)
「うちの会社には生産性が高い人を評価する仕組みがないから」なんて、斜に構えて上司を蔑ろにしてると大損しますよ。
上司の評価やら、組織の仕組みやらは、自分の能力を磨くことと同様に、どーでもいいことではないんです。大事なのは、それが市場での評価に直結するのです。

自分だけ生産性が高くなり、自分だけどんどん仕事が増えたら、そしてそれが業績に直結してるなら、どうやって上司や組織にそれを認めさせるかを考える必要があります。
狭い組織を離れ、広い市場に出たら、それくらいの仕事は、あなたの半分の時間で仕上げる人がいくらでもいるんです。しかも、ずっと高いレベルでね。
ただし、そういう人たちは給与も高いし業績に直結する仕事しかしていないのです。あなたの給与の数倍程度では済まないくらいにずっと高いレベルでね。

自分の仕事だけ考え、「周りの人が自分よりトロくても、自分だけ早く走ってたらきっと市場には評価されるに違いない」などと言って自分一人の生産性に固執してても、あなたも彼らと同じ市場評価を受けてしまうでしょう。
そしてそのうち、組織の外に出た時、市場ではまったく通用しない人になっちゃってるんです。

周りの人や取り巻く環境をよぉく考え、業績を上げるための生産性とは何かを考えましょう。仕事が集中したら周りに分散し、周りの人の倍の量の仕事を周りより早く仕上げられる能力があったとしても、それが会社の業績や自分の給与に直結するかどうか考えられるようになりましょう。
そうやっていて初めて、組織の外に出た時の市場評価を持った人になれるんです。てか、今、外にでて活躍できてる人はみんな、そういう俯瞰できる能力を持っている人なんだよ。

意識しておくべきは、「上司の評価(給与が高い)」が、「市場の評価(次の給与の指標)」なんです。

私たちは、自分が目指したものしか得られません。
市場から評価されたかったあたしは、上司や組織の評価を通して市場から評価されるようになりました。上司にどう思われていたかは別としてね。
もしあなたが自分の生産性をあげたいと思って働いているなら、あなたはそれは簡単に得ることができるでしょう。

けれど、個人の高い生産性に、勝手に高い市場評価がついてきたりはしません。



みんな、自分の欲しいものが手に入るんです。

何に評価されたいのか。よーく考えて働きましょう。

そんじゃーね

2013年10月18日金曜日

三国志と宮本武蔵と太平記と、それからそれから

タイトルを見ただけで、ピン、ときた人も多いのではないだろうか。
共通項は「吉川英治」である。

著作権が切れたので、青空文庫に上がってるんである。なんと素晴らしきことよ!!
ちょっと調べると、柳田国男もそろそろなのだそうだ。

まぁ、吉川三国志は今でも書店に並んでいたり、図書館でも簡単に借りれるくらいなので、出版社としてはフクザツな心境なのかもしれない。

がしかし、翻ってみるに、こうやって没後50年も待ってもらえる作家がどれだけいるのだろうか。
吉川英治ほどに著名な作家なら、そりゃあ忘れられることはないだろうさ。だがしかし、没後50年どころか、亡くなっていることすらわからない程の作家が、その影に一体どれほど多くいるだろう。そして、出版社が絶版にしてしまえば、まず二度と日の目を見ることはない。

だから言いたい。著作権はその権利者が望む場合を除いて、この世を去ったと同時に消滅させて欲しい。そして、出版社が絶版にした場合も同様に。
本は、作品は、人類全体の共通の財産なのだ。
もちろんそれを産みだした人にはそれ相応の対価があってしかるべきだが、それを保護することにかまけて、その裏で失われてしまうものの大きさを忘れてはいけない。

2013年7月17日水曜日

ATMの手数料を唯々諾々と払う人

最近は狂ったことが多すぎて、もう大抵のことには驚かなくなってきているのだが、このご時世に超イタイ記事を見つけたのでアホさを晒そうと思う。

端的に言ってしまえば、銀行は貧乏人を相手にしている暇はないのだ。
銀行の営業時間に文句を言ってるヤツもいるが同じだ。
そもそもあなた方は、銀行にとって大切な客ではない。
銀行にとっての上客は誰でしょう?
たくさんお金を預けてくれる人? いいえ違います。たくさんお金を借りてくれる人と、アンタのように、銀行に商材を貸してくれる上にお金まで払ってくれる能天気な人です。
ちなみに銀行で最もコストパフォーマンスの悪い業務は預金の受払業務です。だから窓口のある銀行でも店内にATMを置いて人件費を節約しているのです。
彼らの経費削減に寄与してあげて、さらに手数料まで払ってあげるなんて、なんてまぁ、太っ腹でお人好しなんでしょう(笑)

さらにおもしろいのは、
ちなみに、役所は別だ。
彼らは税金を使って市民サービスをしているわけで、ちょっとした用事で午前休を取らなければいけないような営業時間設定は、怠慢以外の何物でもない。
大して税金を納めていない一般市民だからと軽視するのは許されない。
うわぁ・・・ナニナニ? 役所の人間は一般市民の奴隷ですか?
彼らは Public servant と呼ばれますが、"公共"が対象であってアンタの奴隷じゃないんよ?
こういう手合いは「民間会社なら時間外でも対応してくれるのに」とかのたまう。 馬鹿言うんじゃないよ。民間は利益の出ないことには指一本動かさない。
タダでついてくるサービスが有る、ということは他所でその分の利益を確保しているってことだ。
で、役所が余計なサービスをしたらその分どこでその経費を賄うのよさ。
自身が電車の遅延に対して言っている通り、文句があればもっと税金払えば?

もうひとつ言うと、「(割にあわないこと・嫌なことを)誰それもやってるんだから、オマエもやれ」的な論法は、一番醜い論法である。誰かが自分より楽だと自分の位置まで引きずり下ろしたいだけなんだろう。たとえその結果、自分の立場に何一つ変化がなくてもね。
みんなで不幸にならないと嫌だなんて、なんと卑小で狭量なことか。

結局、こういう手合いは、自分より強い立場にはヘイコラして、逆に弱い立場にはトコトン強く出てるだけなのだ。で、自分の浅薄な知識で裏打ちされた自身がそれを加速してる。
醜いねぇ。

2013年6月27日木曜日

時間軸の読めない人

なかなかに笑って済ませれないニュースをみた。

嫌ならやめればいい。もちろん正論です、やめた後の選択肢があるなら。

ただここで言いたいのは、そんな正論は、今のこの一瞬だけ成立するのであって、長期的視野で見れば成り立たないのだよ、ということ。

なぜか。
それは「バンパイア効果」といわれるものがあるからである。
 吸血鬼に噛まれたものも吸血鬼と化し、自ら獲物を求めてさまよう・・・その姿をあてはめている。

さて、件のブラックといわれる居酒屋チェーンであるが、結局のところ不当な搾取による人件費の安さを商品に転嫁し、その安さとサービスでもって集客力を誇っている。
その結果、競争力を奪われたライバル店は3つの選択肢を迫られる。

1. 撤退する
2. 価格競争を受けて立つ
3. 価格とは別のところに存在価値と競争力を求める

3. になると、それはもういわゆる「大衆居酒屋」というカテゴリから出ることを意味する。
そういう意味で、1. とほぼ同義だ。

んじゃ、同じ戦場に立ち続けて競争するとなると価格競争しか無い。で、相手は価格で一番ウェイトを占める人件費を違法労働力搾取の形で圧縮している。こいつに勝つ方法は?
そりゃ、こっちも違法行為を働くしか無い。ということで悪貨は良貨を駆逐し、須らく大衆居酒屋は違法な労働力搾取の場となるのだ。
これぞバンパイア。

で、だよ。
飲食店業界のスキルしか無い奴が、「嫌だから」という理由でとあるブラックをやめたところで、どこを見渡しても似たり寄ったりのブラックしか無いわけさ。やめた後の選択肢なんか無いだろ?

だから、こういう規制は必要なんだよ。

2013年6月12日水曜日

社畜に向いてない人の特徴

いろいろとパロディが作れそうな記事があったので作ってみました。

結婚できない人の特徴は、よくネットやテレビで見かけますが、社畜に向いていない人の特徴 はあまり見かけたことがないので、10個挙げてみました。

    サビ残やっている同僚がバカみたいに思える(盲目的従順さの欠如)
    業務以外で自分がやっていることを同僚に構われるのが嫌い(連帯感の低さ)
    業務時間以外は放っておいてほしい(同調圧力への協調性のなさ)
    誰かを教祖のように尊敬したことは一度もない(被洗脳力の弱さ)
    内容によっては協力してやるより、一人でやったほうが質も高いし早いと思っている(盲目的集団帰属意識の低さ)
    生活を犠牲に仕事をする同僚とわかりあえたことなどない(隷属能力の低さ)
    残業時間を含めた計画を立てない(自己犠牲意識の低さ)
    思いつきで変わろうとしない(猪突猛進意識の低さ)
    自分は終われば退社する。残業しないだけ(対面を繕う努力する能力の低さ)
    口には出さないが、自分は自分の時間を切り売りしていると感じている(サビ残知らず)

いくつか似たようなのが含まれてますけど。

過去に出会った人々(自分も含め)の中で、「社畜に向いていない」と真っ当な人々の特徴をあげていってみました。さすがにこの特徴を「全て満たしていない」社畜には会ったことないですが、近い人はいた気がします。
サビ残とか盲目的な思考に起因する項が多めですね。

あくまで「社畜に向いていない」なので、ベンチャーの起業者などの場合にはこの限りではありません。

他にもたくさんあると思うので、これぞという特徴を思いついたらぜひ教えてください。

2013年4月18日木曜日

地下鉄の24時間運行について反対から賛成にまわった理由

最初はねぇ、twitterなどで見られる反応と同じ事を考えたのだよね
都営地下鉄を24時間運行 3大都市圏に特区検討
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS1505J_V10C13A4MM8000/
 つまりだ。
「終電になりますので、お先に」が使えなくなるじゃねぇか!!
 って奴だ。

が、しかし、冷静になって考えてみよう。
アンタの雇用契約では、就業時間の終わりは終電なのか?
そも、そこを異常視しないことの方に、我ながらゾッとしたね。

この変な「常識」というか、異様な思い込みさえなければ、24時間運行の結果、
 - サービスは良くなる。
 - 鉄道会社の雇用も増える
 - 24時間サービスが普及して、消費、雇用も増え、景気上昇に寄与する
などなど、いろいろな波及効果が生まれることは、もう色んな所で論じられてる通り。

だがしかし、現実として
「終電という区切りがなきゃ帰れない」
というブラックな状況はどうするんだよ・・・というところも考えなきゃいけない。

考えた対案は「定期券のタイムカード化」である。
自動改札を通った時間を記録して、出勤記録と照合する。で、出勤記録と合う&残業手当の支払いが確認されたものだけ、通勤手当控除として税金を会社に還付する。
逆に辻褄が合わないものには重い罰金を課すのだ。
「会社帰りに買い物したり飲みに行ったりしたときはどうするの?」については、上述の辻褄が合わない場合の例外として、社員がそのように申告している場合だけ認め、社員への通勤手当から差っ引けば良いのだ。
もちろん虚偽申告がバレれば罰金・罰則が待っているのは言うまでもない。
そうすりゃ社員にしてみれば、サービス残業なんてした日には、通勤費は削られる、例外申告したがゆえに労災の適用からも外される、などなどデメリットのオンパレードだ。

まぁ、現実的にはいろいろな場合をもっと想定しなきゃならんだろうけど、コンセプト自体は悪く無いと思うんだけどな・・・