2013年1月8日火曜日

「親になる資格などない」のはおまえだ

13歳の息子へ、新しいiPhoneと使用契約書です。愛を込めて。母より
を読んで憤っているらしい。
曰く「iPhoneの使用契約書の記事を読んで感動する人は親になる資格などない」のだそうだ。


理由はこうだ。
  • この契約書は言葉の形をとっているが紛れもなく暴力だ。躾などではない。
  • お前の服も  お前の食べている食事も  お前の部屋も  お前の読む本も  お前の命も  お前の人生も  ”私”のものです。だから”私”の思い通りに育ち、考え、働き、結婚し、生きなさい。  そういう意識が透けて見える。醜悪だろこんなの。恐ろしいよ。
  • 此処から先は貴方に命の危険や人生を大きく左右することが起きない限り、絶対親が干渉しない、という領域を作ってあげるべきだ。
で、いちいちこの裏付けのために、秋葉原事件の加藤某を引き合いに出している。

まず、この裏付け方に忠告。加藤某の親の躾方法が、この"使用契約書"なるものと酷似していて、それがすべて加藤某の様になるという統計的事実や証明になるのか?
こんな物言いは、阿呆なTVコメンテーターが"オタクは犯罪者予備軍"と言うのに等しい戯言である。反吐が出そうなやり口だ。

さて本題の方だが、一番大切なことがスッポリ頭から抜けている、基本的なところを押さえないで子供の権利云々騒ぐ典型的なダメ親思考だから、こういう頓珍漢な批判をするようになる。
親は子に生きていくために必要な知識や技術を、自分の親からの躾や教育、経験等を踏まえて教え込んでいく。いずれ自分の元から巣立つときのために。
それまでは子供に関することはすべて親の責任である。故に「お前の服も  お前の食べている食事も  お前の部屋も  お前の読む本も  お前の命も  お前の人生も  ”私”のもの」なのは当たり前だ。嫌な子供は今すぐ独立すれば良い。
独立できないなら、独立できるだけの力を蓄えろ。それまでは親の方針に唯々諾々と従うか、親を説得すれば良い。説得できぬなら、それは子供にそれだけの力が無いのだから、あきらめて説得できるようになるまで力を蓄えろ。
「絶対親が干渉しない、という領域を作ってあげる」必要なんぞない。子供が自分の力で勝ち取れば良いのだ。それはたとえば、押し入れの中だったり秘密基地だったりするかもしれない。だが間違えてはいけない。それは親が与えるものなんぞではない。自分の面倒を自分でみれないオトナに躾けてどうしようというのだ?
何度も言う。親の方針が気に入らないなら、親の庇護なしに自分だけで生きれば良いのだ。自分のためのiPhoneが欲しけりゃ自分で買え。できないなら親が突きつける制約を受け入れて"使わせて"もらえ。
そして、やがて親の元から巣立ち、自分ひとりで自分の面倒をみれるようになったとき、親の言うことなんか聞きたくなきゃ一つも聞かなくて良い。嫌なら面倒すらみなくて良い。
その時改めて子供は考えるのだ。自分の力一つでどこまで親を超えられるか。如何に自分が親の庇護の元でヌクヌクしていたかを。
最後に。
あの契約書の中でひとつだけ書いていないことがあった。
それは「嫌なら使うな。完全に自分の自由になるiPhoneが欲しけりゃ、自分で買え」ということである。
なにもiPhoneに限ったことではない。親が子供にルールを課すときは、それをあわせて教えなくてはいけない。
「親の言うことに不満なら、自分でしなさい」と。

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